環境をお金に換算することについて
それはさもしいことなのか、どうか
環境問題は金額に換算されることがよくあります。
たとえば次のような。
- 世界各地の生物の「侵入種」の駆除に投じられている金額は年間130兆円。
- 中国でのハモグリバエによる農産物被害は年間8000万ドル。
- ホテイアオイによる被害は年間1億ドル。
- アマゾン熱帯雨林の二酸化炭素排出削減効果は1ヘクタール最大1万ドル。
- アマゾン熱帯雨林の土壌の流出や洪水を防ぐ機能は1ヘクタール年間238ドル。
- アマゾン熱帯雨林の昆虫によるコーヒーの受粉は農園に1ヘクタール49ドルの利益をもたらす。
- アマゾン熱帯雨林による収穫物が1ヘクタール50ドル-100ドルの利益。
- 日本国内のサンゴ礁のもたらす経済効果は年間2399億円。
- 日本国内のサンゴ礁のもたらす漁業収穫は年間107億円。
- 日本国内のサンゴ礁のもたらす海岸防護機能は年間75億-839億円。
- 温暖化被害により移住を余儀なくされる人が2050年までに約2億人。
- 温暖化による気象等の被害によって西日本では年間7.4兆円の被害。
- 温室効果ガス削減のため350億円を費やすと469億円の経済効果。
なんでも金額で考えるのはさもしいように感じてしまいます。
それに、一見わかりやすいように思えて、実はそれほどわかりやすいわけではありません。
根拠もあまり見えてきませんし。
抜け落ちも多そうですし。
ただ…。
訴える力はとてもあります。
環境問題のように、実際に何らかの施策が必要になるものの場合、金額で示されるとき、おそらく最も動きやすいでしょう。
さもしいのはお金で見せようという発想がというよりも、それによってでしか動けない人間社会というものが、でしょうか。
そのとき胸に染みたのが北米先住民シャイアン族の中で育ち、日本在住のコエン・エルカさんの言葉(産経新聞2009.06.13朝刊)。
西欧的な自然観が入ってくる明治時代までは、日本人も魂のレベルで自然と通じ合っていた。山に、海に、天と地に対して尊敬の念があれば本来、自然保護などと声高に叫ばなくても美しい自然は保たれる
西欧的な自然観とはおそらく、世界のあらゆるものは人間のために神が用意してくれた財産なので大切にしなければならないという感じでしょうか。
神に対する尊敬はあっても、自然(生物も含む)そのものは人が自由に扱ってかまわないものです。
ただし、きっちり管理はしないといけない。
東洋や北米先住民では、自然と人はほぼ対等、もしくは自然の方が「天」に近い感覚でしょうか。
友人であり、敵であり、神でもあります。
同じように「自然は宝」と言ったとしても、ニュアンスはずいぶん異なるのでしょうね。
おそらく今は日本も含め「西欧的な自然観」の方が主流なのでしょう。
だからお金に換算する必要があるわけです。
上記のデータはすべて『科学と環境版』2009年8号に転載された記事から抽出しました。
【編集部.M】







