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2009年08月24日

日本語はどうなる

国際アイコン 水村美苗の本から考える

水村美苗の「日本語が亡びるとき」(筑摩書房)を読みました。なかなか示唆にとむ内容でした。英語教育は日本では遅れをとっている、もっとしゃべれるように英語を学ばねばならぬとして、小学校から英語の授業をするようになりましたが、水村はこの種の英語教育云々には与してません。彼女は米国で教育を受けましたが、英語が嫌で、自宅にある日本文学全集(戦前の改造社の円本といわれたもの)を片っ端から読破していき、日本文学に目覚めたと書いてます。アジアでの英語普及において、日本は中国や韓国の後塵をはいしてます。また国民所得でもシンガポールに抜かされています。そのシンガポールでは国民ははぼ英語を過不足なく、話せます。そして今後日本はシンガポールやインドのように英語普及に力をいれるべきでしょうか、英語を自在に操れる階級がトップにたったとき、文書や書籍が英語中心になって、母国語の文書や書籍が次第に駆逐されていく例を先にあげたシンガポールやインドでの現状から引いています。日本語という世界でもまれな言語による文学作品の貴重さを再認識する必要があるといっています。英語に訳された漱石作品を読んだジョン・アップダイクの貧しい批評は漱石が体験した西洋と日本のことを理解しないまま、作品上の文章の上辺のみを読んでの言説でした。水村の古典から現代文学まで、もっというとすぐれた近代文学を児童、生徒に暗唱するまで読ませることで、日本語で表現される、日本人の美意識やものの考え方などが習得され、それが、家庭をもったときや子孫へ大きな影響を与えるのではないかとの文意でした。漱石の「三四郎」の師と主人公の会話はそのまま現代でも通用する会話であり、日本文学の豊穣さでもあります。水村のアメリカ体験がこの本を書かせたのかもしれません。こういった日本と世界との接点や世界についての文章は「コラム歳時記」でも掲載しています。

コラム歳時記』 2009年8号82頁に記事転載

【編集部.T】


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