万年筆の感触
書くという行為
会社でも、自宅でももう万年筆を手にすることはなくなってしまいました。筆者の高校時代ですら、万年筆も廃れ気味になってました。思えば、中学入学のときの親からの祝いが万年筆でした。もう小学校とは違うぞという一種の覚悟も感じさせられたものです。カートリッジインクではなく、スポイト吸入式がまだ幅をきかせてました。ペン先に力を入れすぎるとインクがペン先から出すぎてノートを汚す結果となります。慣れてくると適度な筆圧で文字が書けるようになります。万年筆で書くと、ほんのすこし書いた字が乾くまで待たねばなりません、それが文章を書く上で推考の時間ともなっているようでもありました。かつて見た島崎藤村のかっちりした楷書のペン文字、三島由紀夫の男性的な文字など万年筆でしか書けない文字でした。パソコン全盛の今日、効率一辺倒から、かつてあった考えつつ文字を書いた時間を思わずにはいられません。ボールペンの文字より個性がにじみ出る万年筆もまた、時代の変遷を語る文房具の一つとして、考えさせられるものがあります。こういった身近な話題を「コラム歳時記」でも取り上げています。
『コラム歳時記』 2009年10号145頁に記事転載
【編集部.T】







