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2009年10月23日

レコード・CD

ものアイコン 加藤和彦の音楽

レコードを初めて買ったのは中学生のときでした。45回転のシングル盤といわれるものでした、それが時を経て、いまやCDの時代となりました。ステレオを買ってもらったのが、高校生、中学生のときはレコードプレーヤーでした。それでもプレーヤーのスピーカー部分から出てくる音に感激したものです。閑話休題、加藤和彦が亡くなりました。日本のフォークソングの創始者ともいうべき音楽家でした。学生時代、友人からこんな曲が流行っているが、知っているかと言われて聴いたのが「帰ってきたヨッパライ」でした。何ともふざけた音楽でさほど心を動かされなかったのですが、加藤属するフォーククルセダーズが続いて「悲しくてやりきれない」「あの素晴らしい愛をもう一度」など名曲をつくり、解散し、加藤のソロ活動や、サディスティックミカバンドなどのグループをたちあげポピュラー音楽界に新風を送り込みました。そんな加藤和彦の作った音楽を近年になって、聴きだすとその音楽性というかメロディと歌詞が不思議と心に染みこんできたものです。昨年でしたか、今や団塊世代となった日本のフォークソング、ニューミュージックの歌手たちが一同に会したコンサートに行きましたが、そこでのフィナーレは「あの素晴らしい愛をもう一度」を全員で歌うものでした。加藤はその前でも「イムジン河」をフランス人のアコーデオン奏者がフランス語で歌い、加藤も韓国語でそれを歌いました。もちろん日本語でも歌いましたが、彼にとって「イムジン河」はいまだ世界に戦火がやむことのない悲劇を、国境と国境を隔てる悲しみ、そして人と人の間に横たわる分断を見つめてみたかったのかもしれません。フィナーレに加藤和彦の名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」を選んだことは、参加した南こうせつ、山本潤子、伊勢正三、イルカ、杉田二郎、尾崎亜美らが、いかに彼を敬愛し、尊敬しているかの証左でもありました。日本のフォークシンガーの始祖の一人として、かれは彼らと共に、その心ゆくまでの熱唱は、聴衆の一人として、否、コンサート会場を埋めた全員があの名曲に酔いしれた一夜でもありました。こういったCDなどもふくめた趣味のことはもコラム歳時記に掲載しています。

コラム歳時記』 2009年10号16頁

【編集部.T】


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