吃音克服への努力
悩みを共有して前進
吃音者にとって人の中で声を出すことは、恐怖に近いものがあります。JRが国鉄だったころ、特定の言葉が発声しにくいため、別の駅名を言って、切符を買うなどをします。50音の特定の言葉がどうしても言えず、学校では、国語の時間など朗読を先生に指名されたら、どうしようかと悩むそうです。吃音は特定の言葉を続けて発するというのが一般の受け止め方でしょうが、なかなか発声できない苦悩は心理に相当、負担を与えます。かつて著名人では田中角栄、作家では井上ひさし、藤沢周平は吃音の経験をもってました。特に藤沢周平の場合、小学校時代、担任の教師が怖い人でした。何かを間違えると徹底的に、叱責されたのが原因で周平は吃音になってしまいました。担任が代わると吃音も治っていきました。強圧的な教師に自己の心理が押さえ込まれ、内向していき、そのような状況になってしまったと本に書いてありました。井上ひさしもまた自分の言えない言葉を他の言葉に置き換えて発声できる工夫をしたそうです。それが後に長じて言葉の魔術師とでもいうべき、言葉をめぐる優れた戯曲を生み出した原動力にもなったとあります。障害福祉編でも吃音の克服へ取り組む人を紹介しています。
『切抜き速報 障害福祉編』 2009年10号28頁に記事転載
【編集部.T】







