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2007年04月30日

●ながらは駄目だそうです。


科学と環境版5号の特集

『どこまで進む?脳科学の応用』

ずばり「脳」に焦点をあてて、科学の視点でその謎を解明していきます。そのなかで一つ気になった記事を。

『連載・脳 知る技 使う心-ながら作業で注意不足-』(日経/06・9・25)

「ながら作業」をすることによる脳の注意のあり方に迫る連載記事の第四弾です。

キーワードは「ワーキングメモリー(作業記憶)」。心の黒板とも呼ばれるワーキングメモリーは、進行中の情報を一時的に保持しつつ、仕事をこなしていくときに使われます。ただこのワーキングメモリーの処理能力には限界があります。一つのことに注意を向けると他がおろそかになったり、作業中に突発的なことが起きると、そちらに注意が向かうため、メモリーの「オーバーフロー」が起き、これがヒューマンエラーの原因ともなるのです。

私は常日ごろ「同時に3つのことは考えられるものだ」と豪語していましたが、これは科学的に検証すれば誤りということですね。これまで大きな失敗や事故がなかったのは単に運が良かっただけのようです…(汗)。


みなさんはいかがでしょう?

「ながら作業」やっていませんか。

科学と環境版.07年.5号.80頁に記事掲載】

2007年04月29日

●ドラえもん

人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である
 
         (ウィリー・ガロン/物理学者) 

 

ならば、ドラえもんも…。 

 

2007年04月28日

●雷ごろごろ。どんぐりこ。

昨日は新しいエネルギーとして注目されている「燃える氷」=メタンハイドレートについての話題に触れました。エネルギー資源に乏しい日本。でも現在の豊かな(?)生活を持続させていくためにはエネルギーの安定供給体制の確立は欠かせません。

 今従来の火力発電の代わりとしてその規模を拡大させているのは原子力発電ですが、それには放射能という高いリスクが絶えずつきまといます。さらに、相次ぐ原発の事故隠しの発覚により、原子力の安全を不安視する声が大きくなってきています。かといって昔のように原始的な生活に戻りたいとう人も少なそうです。

何か代わりとなる良いエネルギーはないでしょうか?


『雷エネルギーの利用は』(東京新聞/3・13)

Q.雷の発する電気は、なぜ有効利用できないのですか。(東京都・男性)


なるほど。私もそう同感です。雷こそまさに電気のかたまり。あれを全部集めて電力として使えばよいではないか!…でも実際は…。

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2007年04月27日

●燃える氷は日本の国際的位置をどのように変化させるか。

「燃える氷」をご存知でしょうか? 『燃える氷「14年分」』(産経/07・3・9) これはメタンハイドレートと呼ばれるもの。約100万年前に堆積物の中で生成された有機物のメタンが地中や海底の高圧と低温で氷の結晶に取り込まれ、シャーベット状に固まったもの。地上にでると氷は解けてしまいますが、氷の状態でも火をつければ燃え上がるため、「燃える氷」と呼ばれているそうです。 そしてこのメタンハイドレートは次世代のエネルギーとして期待されているうえに、紀伊半島東側に広がる東部南海トラフとよばれる地帯に1.1兆立方メートル存在することが、経済産業省の委託調査で分かりました。これにより、実用化できれば資源小国である日本が、「資源大国」になり可能性もあると記事は指摘しています。

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2007年04月26日

●いかがでしょう?

 

 教えることのできない子供というものはない。

あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。

( 米 教育者・哲学者/M・J・アドラー)

 

いかがでしょう? 

2007年04月25日

●議員さんも通信簿が必要なようです。

先週統一地方選挙の後半戦が終わりました。毎朝、通勤駅で繰り広げられていた選挙運動も無くなり、日常の静謐さがもどっています。選挙前にはひたすら頭を下げ、笑顔で挨拶をしていた候補者たちですが、選挙が終わるとその活動もぱたりと無くなり、彼らを見る機会はもうまずないのだろうと思います。彼らが選挙後も選挙前に訴え続けた情熱を持ち続けて議会活動を行っていってくれているのか、あの笑顔、あの熱意は本当に市民に向けられていたものなか…なかなか確かめる術はありません。
同じような疑問を抱え、それを問題意識にまで高め、さらに行動を起こしている人たちがいることを知り驚きました。
『議員の通信簿つけます』
-選挙前だけいい顔しておいて、当選したら知らん顔なんて許さない。そんな当選者たちの心意気は-。

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2007年04月24日

●そこにある危機

『給食費滞納9万9000人』(読売/1・25) 学校給食費の滞納問題で-(中略)-滞納があった学校の6割は、「保護者の責任感や規範意識が原因」としており、経済的に払えるのに払わない保護者の存在が改めて浮き彫りとなった。文科省は、同日、「滞納が目立つ市町村や学校があり、給食費の運営に支障が生じる可能性がある」として、問題の解消に取り組むように各自治体に通知した。 「学校給食費滞納問題」がメディアに取り上げれて久しくなります。問題の核はどのメディアも同じ保護者の「モラル」にあるようです。

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2007年04月23日

●人を観る目

ある人物をひとに観察させるとき、

  よほどの器量の者にそれを見せなければ印象をあやまる。                                           

(夏草の賊/司馬遼太郎)

2007年04月22日

●ヒトもチンパンジーも…


人間はなんのために生きるのか。

「強い子孫を残すため」

そんな簡単には言い切れないほどの現代の人々の価値観は多様化しています。

でもそれは現代のみならず、古代よりそうなのかもしれませんね。

そして、それこそが「人が人である所以」なのではないでしょうか。

ただ、最近の「格闘技ブーム」のなか、試合中継のなかで応援サポーターやリングサイドのお客さんに、若くて素敵な女性が多いのを観ると、やはり「強い子孫を??」なんて思ってしまいますがいかがでしょう?


『強い子孫を残すため』(読売/3・6)


これは人間ではなく、チンパンジーのお話です。

 

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2007年04月21日

●ハトぽっぽ

先日公園でお弁当を食べていると、目の前には幾匹かのハトが。何とはなしに、ご飯粒を投げて与えると凄い勢いで食べていました。その姿が可愛らしくて、何度か与え続けるとあれよあれよとハトの数が膨れ上がりました。さすがに少し怖くなり、周りにも迷惑かと餌やりは中断し、彼らの様子をしばし観察していました。 そして、ふと気づいたことが。 ハトの首の色がしばしば変わります。「なぜなぜ??」 『ハトの首の色なぜ変わる』(読売/2・26) そんな「なぜ」を、大阪大生命機能研究科の吉岡伸也助手らのグループが明らかにしたそうです。

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2007年04月20日

●友達

『新しく友達になるならどんな人?』(読売/06・12・6)
読売新聞社が全国の中学校22校約1000人を対象にした調査結果です。
1位:なんでも相談できる人(38.7%)
2位:興味のあるものや趣味が同じ人(33.8%)
3位:どのような人でもよい(12.3%)
4位:勉強が得意な人(4.1%)
5位:いろいろな遊びを教えてくれる人(2.4%)
6位:異性の人(2.0%)
(複数回答)
この調査結果に対して調査研究所の高山氏は、「ともすると、友達には自分と似た傾向の人を選びがち」と指摘し、「自分と全く異質な人とも関わってほしい」とアドバイスします。
私の過去と照らし合わせると、確かに仲の良い友達は自分と似た傾向(考え方・価値観といったほうがより適切でしょうか)の人が意図する・しない、自然と友達になっていた気はしますね。それはそれで、悪いことではないですし、ごく自然なことだとも思います。
ただ、大人になり社会にでると様々な考え方・価値観を持った人たちとの付き合いをしていかなければなりません。またその付き合い、出会いが、私の視野を広げてくれることも確かです。
また私の場合は、中・高とクラブに所属していたので、クラブという共通項はありながらも、多様な考え方・価値観をもった友人と自然と付き合うことができていたのかと改めて振り返って思います。
子どもたちには、恐れずにより広い世界に飛び込むことの勇気を伝えてあげたいですね。そして、大人には彼らをよく見守る眼差しを持っていてくださいとお願いしたいと思います。
教育版.07年.4号.64頁に記事掲載】

2007年04月19日

●阪神大震災の教訓


『教師として震災を経験 24%強いストレス』

教師として阪神大震災を経験した神戸市立小中学校14校の現役教師24%が、震災から11年経過した昨年2-3月時点でも、震災に関係した強いストレスを感じていることが市立湊中学の磯野清教諭の調査で分かった。(毎日/1・15)


阪神大震災では、被災により自宅を離れざるえなくなった人々が、学校の体育館や公民館などの公的施設に避難しました。

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2007年04月18日

●目新しいものではなくとも


自分はどのように生き、地球社会に貢献するのか-。この答えを生徒に見つけさせる教育「GDVI(グローバル・ドリーム・ビジョン・インターアクション)」が、栃木市で実践されている。(下野/06・11・19)


GDVI-ご存知でしょうか?

私はこの記事を読んではじめてその存在を知りました。

栃木市では、寺尾中学校の一年生が総合学習の時間に取り組む一方、県外でもその関心は高まっているそうです。

その内容をみてみると…。

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2007年04月17日

●いのち


「いのちとはなにか」

「陽炎にてつくりたる壺のごとくはかなきものでござる。ひとたびこわれ、五蘊去らば空に帰しりまする」

「空とはなにか」

「何も無し。水にても候わず、木にても候わず、金にても候わず、土にても候わず
、風にても候わず、火にても候わず」

「心細きものよの」

年少の身で、いのちのはなかなさをこう露骨にいわれれば、身もふたもない。

(箱根の坂/司馬遼太郎)

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2007年04月16日

●立ち位置-教師と子ども ときどきオカン-


昨日TVで最近の教育問題に触れられたなかで教師と子どもの「立ち位置」について面白い議論がありました。

「教師と子どもが対等なんて冗談じゃない。教師はもっと踏ん反り返って、上からビシッとものを言え。そうじゃないから子どもがつけあがるんだ。」

この番組は識者がテーマに沿って言いたい放題言うのを観て面白がるバラエティー番組なので、余り真に受けても仕方ないのですが(笑)。

私自身、教師と子どもは「対等」ではないと思ってます。

ただ、「平等」であるべきだと思っています。

「対等」と「平等」。。

 

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2007年04月15日

●明るい未来がそこにある。


地球温暖化について続けてブログを書き、皆さんをげんなりさせてしまったのではないかと少し気がかりです。暗い未来しか見えなくなってきたのではないですか?

また、最後には一人ひとりが考えなきゃ!動かなきゃ!などと押し付けがましく書いてますが、実際には多くの人々が危機感と責任感を持って考え、行動しています。

そんな人々の姿を捉えた記事を少しまとめて掲載しました。


・『「もったいない」触って実感』 (読売/2・11)
・『子供も温暖化考えます』    (日経産業/3・30)
・『「地球地図」使いタイと交流』 (読売/3・29)
・『熱帯林再生学習教科書に』   (朝日/3・15)
・『UNDESD 環境教育3年目』(読売/3・20)

なかでも注目して欲しいのが、UNDESD(United Nations Decade of Education for Sustainable Development:UNDESD)=国連持続可能な開発のための教育の10年です。

 

 

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2007年04月14日

●「最初に沈む国」ツバル


そんな見出しが目に留まりました。(毎日/3・22)

オーストラリアから北東の南太平洋上に浮かぶ島「ツバル」は地球温暖化による海面上昇で「最初に沈む国」といわれています。

 

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2007年04月13日

●お天気用語が変わります。

朝、出勤前に何気にでも必ずチェックする天気予報。また各テレビ局ごとに「お天気コーナー」の雰囲気も違い、みなさんもそれぞれ好みがあるのではありませんか?

 天気予報のコーナーを受け持つ方は皆「気象予報士」だと思っていたのですが、必ずしもそうではなさそうだということに最近気づきました。 今まで「お天気お姉さん」に『この若さで気象予報士をとるなんて立派』なんてひそかにエールを送っていたことが何だったのかと…少し傷つきましたが(笑)。

ただ、天気予報で使う用語は気象庁が決めています。このためお天気コーナーでは「気象予報士」資格の有無がわかりにくくなっていたのでしょうか? そして、この2月に改定案が出されました。

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2007年04月12日

●地球がやばい。

「黄砂」という言葉が日常的に使われるようになったことからも、日本の気象異常が世界の気象異常とも密接に繋がりがありのだということが、実感として感じられるようになった今日この頃です。 メディアも世界規模での気象異常を絶えず伝え続け警鐘を鳴らします。 『アジア穀物 2050年3割減』(読売/3・28) 『地球温暖化 EU市民87懸念』(日経/3・17) 『「気候変動を実感」95%』(読売/3・28) 『温暖化影響で池や沼、消失』(共同/4・2) 未来に暗い影を落とすような見出しが紙面を飾ります。 なかでも一つ興味を引かれた記事を紹介します。

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2007年04月11日

●いいゆだな


悪質な犯罪が後を絶ちません。子どもたちをどう犯罪の危険から守るかは、保護者、教師にとって重要な課題です。

登下校時には保護者や地域の人々が通学路に立ちようになり、「こども110番」を担う商店なども増えてきました。

地域で子どもを守ろうとする取り組みは着実に進んでいます。

でも、家のなかではいかがでしょう?

「家にいるから安心」と思うなかれ(産経/12・19)

子どもだけでお留守番をする際の注意事項を紹介します。

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2007年04月10日

●教育とは

学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、

なお残っているもの、それこそ教育だ。

 by アインシュタイン

2007年04月09日

●物理することの楽しさ

物理学者湯川秀樹博士といえば日本人で初めて「ノーベル賞」を取ったことで有名ですね。
子どもたちの「理数離れ」が叫ばれるようになって久しいですが、私も理数とくに物理は大の苦手でした。
「なぜ苦手か」と振り返って考えてみれば、ただ難しいという先入観(でもまぁ実際に難しかったのですが…)のみが先行しすぎました。もっと、物理の楽しさをしっかりと解かったうえで、学習としての物理に接することができたら良かったのになと思いますし、今学校で物理を初めとした理数系を担当している先生方にはまず「楽しさ」から入る授業を展開して欲しいと思います。
その導入に湯川博士の伝記なども上手に子どもたちに伝えるなんて提案はいかがでしょうか?
その湯川博士ですが、「中間子」発表直前の日記が公開されたとの記事を掲載しました(読売.1/29)。
「γ´rayについて考える」(日記より)
日記のなかには、ノーベル賞を受賞することとなった「中間子理論」に至るまでの苦悩と喜びが溢れる内容だったそうです。
記事の最後は現在の迅速な結果を求めがちな研究風土に警鐘を鳴らし、「湯川博士のような科学のヒーローが現れるだろうか」と結んでいます。
湯川博士がヒーローたる所以は「ノーベル賞」をとったからではなく、その好奇心・探究心へのみ向けられた真摯な研究姿勢が評価されてのことです。
また、子どもたちには手の届かない遠いヒーローよりもむしろ、身近で親しみ易い一教師の存在も大切だと思います。
子どもたちに受験のためではなく、好奇心・探究心を追求することの楽しさを是非育ててあげて欲しいと思います。
余談ですが…、
「ノーベル賞とると寿命2歳アップ」(朝日/2・3)の記事も掲載しています。
こんな「トリビア」もいかがでしょう?
科学と環境版.4号.70頁に記事掲載】

●いじめ問題を考えてみる

昨年末に相次いだ子どもたちの「いじめ・自殺」問題。さらに、昨年いじめが原因となった事件はここ20年間で最悪の233件にのぼったことが、警察庁がまとめた「少年非行等の概要」で明らかになりました。
それらは、子どもたちの必死の助けを求める「サイン」のように思えます。それが自身に向くか、他者に向かうのか。それだけの違いではないでしょうか。
後手にまわった感は否めませんが、国、地方、そして学校現場が子どもたちを救おうと取り組み始めました。
幾つかの県教委は子どもたちのこころのフォローができるようにと、「スクールカウンセラー」や「スクールソーシャルワーカー」を配置することを決定しました。
また国は、いじめ対策を検討する有識者会議を通して「いじめ対策Q&A」を作成し、全国すべての小中高校に配布し、文科省HPにも掲載をしています。
これらの取り組みは、従来の担任教諭、養護教諭のみではもう対応しきれないという子どもたちの置かれた状況の深刻さを改めて認識させます。子どもが変わったとうよりもむしろ、子どもたちを取り巻く社会が変わり、その変動のなかで起きる歪が、より弱く、より敏感なこころを持った子どもたちを通して浮かび上がってきたと言えそうです。
だからこそ、大切なのは、「教育の場」に限定された対象法的な取り組みだけでなく、日本の今の社会全体を捉えた視野を持ち、その先のの社会がより安心で、より暮らし易くするためのビジョンを示すこと、そしてそのビジョンを実現するための行動・実践をしていくことでしょう。
現在の日本社会には「漠然とした不安」が覆い、大人たち自身が夢や希望を持つことが難しくなってきています。「ニート・フリーター」「ワーキングプアー」「児童虐待」「年間3万件を超える自殺」などその例を引くことに手間はかかりません。
国が明確なビジョンを示すことができないのであれば、まずは自身が、保護者が、そして教師がどのような日本社会を創っていきたいのか。是非、考えてほしいのです。その先に、きっと「いじめ問題」の解決の糸口も見えてくると思います。
教育版.5号.126-129頁に記事掲載】

2007年04月08日

●こどものこころ

「夢」や「幸せ」

それは私たちが生きていくうえでとても大切なものです。

しかし、「それは何」と聞かれるとなかなか難しいものです。

大人になればなるほどそうなのかもしれません。

当たり前の幸せをついつい見過ごしたり、目の前の現実にばかり囚われて、夢を見失ったり。そんなことはないですか?


『2割が将来の夢、幸せ「買える」』(北海道/2.20)

 

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2007年04月07日

●だがしや楽校


地域の教育が低下している。

そんな議論をしばしば耳にしますが、私たちが子どもの頃の地域ってそんなに教育力があったでしょうか?

そんなことを考えているとふと一つの記事に目が留まりました。

『山形発「だがしや楽校」全国に』(毎日/2.7)


「だがしや楽校」…?


これは、かつての駄菓子屋を中心とした外遊びの場をつくろうと、山形ではじまった試みで、いま全国にその取り組みが広がっているそうです。


詳しい取り組みは「だがしや楽校 オン・ザ・ウェブ」でも閲覧可能です。


確かに私たちが子どもの頃は、駄菓子屋があり、そこに子どもたちが集まっていました。

10円玉を何枚が握り締めて、たくさんのお菓子のなかからの買い物。

それは生活のなかで自然に算数の勉強をしていたともととれそうです。

掛け算をならった日には、あえて「足し算」ではなく「掛け算」を使い、その「掛け算」の使い勝手の良さに感嘆し、一つ大人な買い物をできる自分を誇りに思った…というのは大げさかもしれませんが。

また、駄菓子屋のおばあちゃん(何故かどこでもおばあちゃんではなかったですか?)との交流や、学校、クラスの枠を超えた交流もありました。

そのなかには楽しさのなかで学ぶことがたくさんあったのでしょうね。

「だがしや楽校」は、それを再現したいからこその「楽校」ということです。

 

最近の子どもたちは、3つの「間」が失われているといわれます。

「仲間」「時間」「空間」

それをもう一度取り戻そうとする試み。それが全国各地に広まっていることがとても嬉しく思います。


教育版.5号.36頁に記事掲載】

2007年04月06日

●「君が代」判決

「男子は丸刈り、女子はおかっぱ」
私の中学時代にはそんな「校則」がまだありました。
子どもたちの「何故」に、ほとんどの教師たちは「校則だから」という味気なく、かつ強固な一辺倒の応答しかしていませんでした。
思春期の子どもにとっては「髪型」は自己主張できる数少ない、そして大切な要素だったと今は思います。
そんな経験を数多く経験した子どもは、「尾崎」に共感するのかもしれません(笑)。
ただ一人。
ある先生が「そんなに嫌なら校則を変えてみろ」と言っていた記憶があります。
校則を変えることの大変さに尻込みをした時点で、自身に嫌な敗北感が芽生えたことを覚えています。
ふとこんなことを思い出したのは、『「君が代」判決』の記事を読んでいたからです。
この訴訟は、入学式の君が代伴奏を拒んだ小学校の音楽教師が、職務命令違反で東京都教育委員会から戒告処分を受けたことに対して、「思想・良心の自由を保障した憲法に反する」として処分取り消しを求めたものでした。
訴訟は最高裁までもつれ込み、最終的に「違憲ではない」として、原告側の上告を棄却した結果となりました。
この結果に対しても、メディアの評価は二分されます。
思想・良心の自由を侵害したとはとても言えず、さらに公務員として職務命令に従うことの義務、学習指導要領などですでに国歌・国旗の指導が定められていることからも、この判決は妥当としたのは、産経新聞社と読売新聞社。
一方、今回の判例が前例となって、今後も教育における国の関与・強制が強まるのではないかという警鐘を強く鳴らし、不服を述べたのは朝日新聞社と毎日新聞社でした。
どちらの主張が合理的な評価を下したかいえば前者となるでしょう。しかし、どちらの主張が印象強く残ったかと問われれば後者です。
教育基本法が改正し「愛国心」が盛り込まれ、中教審の提案した教育委員会改革案にも国の関与を強める文言が盛り込まれました。
さらに視野を広げてみると、旧防衛庁の「省」への格上げ、中東問題から派生した「集団的自衛権」の拡大解釈、安倍首相がことあるごとに訴える「憲法改正」議論。そんなことを踏まえて考えてみると、朝日・毎日の主張が完全に的外れとは言えなくも思います。
戦後60年以上がたち、世界有数の経済大国となった日本。その国民は過去の戦争の悲惨さを忘れてはいませんし、誰もが二度とこの国を戦禍に巻き込んではならないと思っているはずです。しかしながら、実際に戦争を体験した人々は少なくなり、国が戦争を起こすということがどういうことなのかを実感として持つことは難しくなりました。
そのなかで、今の日本がどの方向にその舵を取りつつあるのか冷静な判断を私たち一人ひとりが持つ必要があります。その根源に教育があり、だからこそ今回の「君が代」訴訟も一際大きな関心を呼んでいるのだと思います。
これらの記事を読みながら思ったのは、『他の教職員の方々はどう思っているのだろう』ということでした。東京都が従わなければ責任を問うと通達を出した03年以降、処分された教職員の数は伸べ300人を超えるといいます。また、全国各地でも似たような訴訟が続いています。
それでも全体の数からしてみればまだ少数と言えそうです。もっと多くの人の意見を聞きたいし、メディアはその声を掬い取る地道な取材を今後も行って欲しいと思います。
原告の先生は、訴訟では負けましたが、自身に対しての敗北感は持たなくてすんだのではないでしょうか。それだけでも十分に価値ある「行動」であったと敬意を表したいです。
教育版.07年.5号.24頁に記事掲載】

2007年04月05日

●まもなく統一地方選挙です。

新しい宮崎県知事となった、もとタレントのそのままんま東さんこと、東国原知事。
私自身が宮崎県を故郷に持つ身として、東国原知事には選挙前から注目していました。
最初は正直期待していませんでした。
タレントとしての旬を過ぎ、「もう一度知名度をあげるための行為では」なんてとても穿った見方をしていました。
当選の知らせを聞いたときには、「宮崎県人は大丈夫か!?」と思ったぐらいです。
しかし、その後の東国原知事の活躍ぶりをメディアで拝見する限り、彼はとても良い意味で私の期待を裏切ってくれたと思います。
知事自身も手ごたえを感じつつあるのではないでしょうか。その表情、話しぶり、仕草などにタレントの頃とは違った、あるいは無かった『自信に裏付けられた権威』を感じ取ることができるようになりました。
宮崎は日本のなかでも『経済的発展』という部分では取り残されてきました。主要な産業も乏しく、観光産業も新幹線が通らなかったことに象徴されるように、いま一歩波に乗り切ることはできません。里帰りするたびに元気が無くなっていくような、一抹の寂しさを感じさせる県でした。
宮崎県人はそのことを誰よりも深刻に考えていたと思います。
前知事の談合汚職辞任による、知事選。県民は旧弊を吹き飛ばす新しい風をもたらしてくれる人として東国原知事を選んだのだと思います。
そして東国原知事はいまその期待に十分応えていると思います。どうかこのままの姿勢で頑張っていって欲しいと思いますが…。
気がかりなのは、旧来の権力を握り続ける県議会の議員たちが協力するのか、邪魔をするのかです。最初の議会では、議員たちは知事に好意的な印象を与えていたように思います。
ただ、その背景には統一地方選挙を前に、圧倒的県民の支持を集める知事と対立するのは不利との目算が働いていたとも指摘されています。
その統一地方選が来週の日曜日にあります。
駅までは、各立候補者が思い思いのパフォーマスを繰り広げます。
従来のようにひたすら名前を連呼するどぶ板選挙を繰り広げる立候補者がいる一方で、自身が当選したあかつきの公約に数値目標や期限を示したビラを配る立候補者が目に留まります。実はこのビラが、所謂「マニフェスト」と呼ばれるものだそうです。公職選挙法が改正されたことによって、4月の統一地方選挙から「マニフェスト」が解禁されたとのこと。
東国原知事も、知事選では「マニフェスト」を公表し、マニフェストを公開しない他候補者に大差をつけて圧勝したとして、その威力の強さを示したかたちとなりました。しかしながら、マニフェストは当選後の自身の首を絞めかねない『諸刃の刃』と利用することこまだためらいを持つ立候補者もいるとのこと。さらに、有権者たちが「マニフェスト」に馴染んでいない現実もあります。
選挙後の宮崎県議会の動きも気になりますが、まずが私が暮らし市の今後を誰に託すかしっかりと考えて投票に行きたいと思います。
『選挙に行ってもどうせ何も変わらない』なんてぼやかずに、しっかりと貴方の大切な権利を行使して下さいね。その意思と行動はきっと何かを変えるはずですから。
社会版.5号.40頁に記事掲載】

2007年04月04日

●「権力者」か「権威者」かそれとも…


NHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』がお気に入りです。

社会のなかで、組織のなかで、働く一人としていつかは自信を持って『プロフェッショナル』という言葉を自分に与えられるようになりたいと思います。

『プロフェッショナル』では様々な分野の第一線で活躍する人々の仕事への姿勢・情熱・信念をカメラが長期間のスパンを取って流れを追い、一つの物語として完成させています。このあたりは、TVメディアの特性を上手く生かした作りだと思います。

さらに、要所、要所で流される、プロフェショナルの『言葉』をキャッチコピーとして上手く活用しています。おかげで、どの言葉も心に響き、頭に残ります。

「生徒のつながりを作る」


「教師やめますか、人間やめますか」


「つながりが、人を支える」


昨夜の放送は、中学生教師、鹿嶋真弓さんでした。


彼女のプロフィールや放送の概要はホームページで観れますので、興味のあるかたは是非。

さて、昨夜の放送を観て思った感想ですが。


教師は「クラス」においてやはりリーダーなんだと。


そして、リーダ次第なんだと。


「学級崩壊」「いじめ自殺」「不登校」などの問題が起きたときに、ついつい「今の子どもたちはおかしい」という方向に議論がながれがちになります。


しかし、その前に周りにいた大人たちはどうしていたのか、特に学校内での問題に関しては、その担任がどうしていたのか、どうすべきだったのかの議論がなされるべきではなかったのではないでしょうか。


番組の冒頭では、鹿嶋さんの「エンカウンター」とう実践技術・手法がクローズアップされて印象強く残りましたが、それを模倣すればと提案しているわけではなかったと思います。


そんなことより、鹿嶋真弓さんの教育に対する思い・情熱、つまり「流儀」を他の先生たちも見習って欲しいと思いました。


「免許更新性」「学校選択制」などの議論のなかで、必ず反対側からは「教師の質」が図れるのかという議論が持ち上がります。「教師の質」は測るのではなく感じ取るものなのかもしれません。


子どもたちの姿を見れば、きっとその担任の「教師の質」も表に浮かび上がってくることでしょう。


先にリーダー次第と述べました。

先生には「権力」ではなく「権威」を持ってクラス運営に携わってもらいたいと思います。そしてそのための「流儀」をしっかりと身に付けて頂きたいと思います。


私の先輩で小学校の先生をされている方が、「学級王国」という言葉を使って、クラスにおける「先生の立場」を自嘲気味に揶揄していたことが思い起こされました。


あなたは「権力者」か「権威者」かそれとも…。


いかがでしょう?

2007年04月03日

●IT教育-団体ブログ賞から-

『南大隅・大泊小 ブログで団体賞』(南日本新聞.06/1/22)という記事を掲載しました。
大泊小学校のブログが「小学校の日常、先生と児童、さまざまな活動を飾らずに表現し自然と応援したくなった」との高い評価を受け、日本財団の「団体ブログ賞」を受賞したとのこと。
私たちも、ブログを始めたばかりでまだわかならないことばかり、さっそく参考にさせて頂こうと、訪問してみました。
最新記事は子ども記者によるもの!
このブログでは全校児童も子ども記者として記事を書くそうです。
最新の内容は、昨日新しい校長先生が赴任したこと、その気持ちを綴ったもの。
とてもかわいらしい表現が心を和ませてくれます。
飾らずに素直な表現で日々の出来事、そのときの気持ちを書いていくことが、「ブログ」の書き方のコツ、あるいは良さなのかも知れませんね。
私たちも固い頭をなんとか柔らかくしていきたいものです(笑)。
その他にも、写真が豊富で、遠く離れた鹿児島の地の子どもたちの日々の学校生活の様子がよくわかります。
記事中では、ブログの取り組みに関して、「教職員にとっては教育活動や地域の良さを見直すきっかけになった-(中略)-子供たちは書き込むことで活動意欲が高まり、外のつながりを考えるようになった」という教頭先生のコメントが掲載されています。
日常の生活のなかにもはや当たり前にある存在となったIT・ネットワーク技術。
それをどのように学校教育のなかに位置づけ・活用し・力をつけていくことができるのか。
「IT教育」や「情報教育」の今。
今後もその動向にはしっかりと注目していきます。
教育版.4号.96頁に記事掲載】

2007年04月02日

●地球温暖化-私の一滴、みんなの一滴-

昨日、電車のなかで入学式に向かう若者たちと出会いました。

皆、緊張した面持ちのなかにもどこか誇らしげな表情があったのが印象的でした。

そこには、「未来」「可能性」を感じることができました。

彼らに『エール』を送りたい。そんな気持ちを持った自分に、ふと「老い」を感じてしまいましたが…(苦笑)。。


「美しい国」とは誰ぞの言葉ではないですが、四季の移ろいがしっかりとしている日本が好きです。


寒い冬を越えて迎えた春には桜が咲き乱れ、日差しが暖かさを増し、心を弾ませます。


やがて皐月の穏やかな季節を過ぎると梅雨に入ります。


傘を差し、水溜りで跳ね回る子どもたち。


雨を喜ぶ。かえる。でんでんむし。あじさい。


梅雨が明けると真っ青な空に白い大きな入道雲。燦燦と輝く太陽。


夏の訪れです。


そして秋を過ぎ、また冬がきます。

 

日本人はそんな豊かな自然・四季の味わいをその心をに自然と刻み込みます。

日本が古来より自然に神を感じてきたのもわかる気がします。

そんな日本をとても誇らしく思います。


が!


最近、なんだか変ではないですか?


桜の咲く時期が送れ、酷暑が続き残暑は長引き、秋を楽しむ間もなく突然冬に突入したりと。


去年などは「黄砂」が降り注いだんですよ!!!!


そんなとき、ふと地球の悲鳴を感じることがあります。


朝日新聞「時々刻々」(2/3)にはそんな「温暖化」の話題が掲載されていました。


「地球温暖化は確実に進み、その原因は人間活動としてみてまず間違いない。今後も気温上昇は続き、実害に直結する」

「気候変動に関する政府間パネル(IPPC)第1作業部会」が報告したものです。

朝日はこれを「多くの人が抱く不安を科学的に裏付ける内容だった」と述べます。

私などは「何を今更。そんなの人間のせいに決まってるだろ」と思ったのですが…。


「違うかもよ」という人もいるそうなのです。


それは、自称「世界の警察官」のアメリカさんと、「いけいけ経済大国」の中国さんです。


「人為的原因か自然現象が原因なのか議論がある」


がお二方の主張なそうです。


裏には「利益絡み」が透けて見えますが。


いかがでしょう??


記事はこのお二方を説得し、温暖化対策を早期に講じなければ、地球が危ないと警鐘を鳴らします。

 

最近自身を振り返ってみて、「私に何ができるだろう」と考えます。


アメリカさん中国さんを説得する!!


…のは…少し難しいですね。。。


今、実際に心がけ行動していることは「コンビニで袋をもらわない」ぐらいかな・・・。

 

小さい・・・??(汗)

 

でもそんな「小さい一滴」が大切だと思ってます。


「ハチドリ計画」に共感して以来ずっとそう思っています。


「ハチドリ計画」


ご存知ですか?


子どもたちにも伝えたいとても素敵なお話です。


環境学習の一環にいかがでしょうか?


一人ひとりの「一滴」がやがて大きな力となることを願って。

 

2007年04月01日

●10代が選ぶ重大ニュース:考察

 

昨日、「10代が選ぶ重大ニュース」の結果だけを載せましたが、いかが思われたでしょうか?

「いじめ自殺問題」や「未履修問題」は彼/彼女らにとって身近で深刻な問題だったけに、上位に入ったのは頷けます。 

個人的に驚いたのは、「安倍内閣発足」が4位に入っていたことでした。

もともと政治に関心が低いとされる日本人。

それなのに、10代の彼/彼女らはしっかりと「重大ニュース」として捉えていることに感心しました。

その意識の背景になにがあるのかは残念ながら記事から読み取ることはできません。

安倍内閣の特色は、「憲法改正」を強く政策のなかに位置づけていることです。

すでに、教育の憲法とも呼ばれる、「教育基本法」は十分な議論、国民に対する説明がなされたとは言い難いまま、あっさりと改正されてしまいました。

次にその視野に捉えられているのは「憲法九条」です。

これには、基本法とは違い国民投票でその是非が問われます。

十代の子どもたちが「重大」として捉えたもの。

私たち大人はその意思をしっかりと汲み取る責務があります。