●特別支援教育
学校教育法の一部改正によって、今4月から「特別支援教育」がスタートしました。各新聞社がその様子を伝えています。
『障害児の個別指導模索』(朝日/07・3・16)
『全特別支援学校に専門教員配置』(京都/07・2・24)
『発達障害の子に算数を教えよう』(朝日/07・2・25)
各社報道は全てが「特別支援教育」に対して肯定的な受け止め方をしているのが印象的です。
それまで十分に支援を受けてこれていなかった「軽度発達障害」の子どもたちに対する、個に応じた特別な支援を行なう理念を掲げる「特別支援教育」。確かにそういわれると、素晴らしい試みのような気もしてきますが本当にそうなのでしょうか。
もともとその背景には、障碍の有無で子どもたちの教育の場を分ける従来の「分離教育」に対する不満がありました。分けるのではなく、全ての子どもたちを「包括」する教育を目指そうとするのがその不満を持つ人々の理念であり、それは「インクルージョン教育」と呼ばれています。
彼らが目指したのは教育の場を「分けない」ことでした。そして分けないことで、障碍を持つ子どもがなんら支援が得られないような投げ捨ての状態(ダンピング)になるのではなく、「個々に応じた」手厚い支援のある体制を求めていました。そこには障碍の有無は問われず、ただ一人ひとりの「子ども」がいるだけの教育社会です。
文科省はこの批判に対して真っ向から対決することなく、「個々に応じた」という点のみを上手くとりいれながらも、「軽度発達障碍」というあらたな障碍の種別・枠を設けて、さらなる「分離」を推し進めることを選択しました。
さらに、「分離」の象徴であった「特殊学校・特殊学級」にも「特別支援学校・特別支援学級」というベールをかぶせることによって、その問題点を上手く隠しています。
いったい文科省の狙いは何なのか。
その狙いは「学力向上」にあるのではないかといわれています。
従来の障碍、新たな軽度発達障碍を持つ子どもたちを「分ける」ことによって、彼らの「学力テスト・調査」の対象から切り離す。その結果は…。予想するのはいとも簡単です。
実際にイギリスでは勉強についてこれない子どもは「スペシャル・ニーズ」の対象として分けることによって、学力の底上げを図っているのは周知の事実です。
できない子どもは、どんどん排除していこうとするこの動き。その先にあるのはさらなる「格差社会」の到来。といえば、余りも悲観的で、穿った見方なのでしょうか。
【教育版.07年.6号.144頁に記事掲載】




