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2007年05月28日

●アジアを学ぶ

『アジアの言語 高校から』(日経/07・1・12)

高校でアジアの言語を学ぶ授業の動きが広がっている。(中略)少子化が進む中で特色を打ち出したい高校側の思惑だが、課題も多く狙い通りにならないケースもある。

 

 

日本ではまだ馴染みの少ない複数言語の履修。第一言語は「英語」が圧倒的でしょうが、第二言語に関しては明確が無いのが現状でしょう。

そのなかで、「アジア言語」が注目されているのは、アジア経済(特に中国)の発展が今後も有望であることが第一の要因でしょうが、日本もまたアジアのなかの一つという意識を持ってアジアの国々を学ぶ機会を得ることは有意義なことだと思います。

「脱亜入欧」の言葉に象徴されるように、これまで日本は訪米諸国の文明を取り入れ、追いつくことに頑なでした。当初はそうしなければならない時代にあったとはいえ、戦後もその姿勢は変わらぬままであったように思います。

ますますグローバル化が進展していく中で、日本も国際社会のなかでの存在意義をどのように見出していくかが今後の重要な課題となってきます。そのなかでいつも足かせとなるのが「戦争の過去」です。日本はまずアジアの中に新たな意義を見出すことが必要です。

アジア言語の履修の広がりは、単なる言語学習に留まることなく、その文化や歴史的背景にも踏み込んだ内容であってほしいものです。

「現状は教師個人のやり方に任されている。教師の育成や教材の開発が早急に必要だ」

記事はそう指摘しています。

【教育版.07年.6号.153頁に記事掲載】 

 

 

 

 

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