●ナショナリズム考
「ナショナリズム」
この言葉を聞くと思わず眉をひそめてしまう方も多いのではないでしょうか。特に日本人にその傾向が強いような気がします。その心理には当然過去の「戦争」の傷が生々しく思い起こされることに起因するのでしょう。
「お国のために…」
そんな言葉のために戦争に駆りだされて、非業の死を遂げた数多くの人々の無念さを忘れてはなりません。同じ悲劇を繰り返さないためにも。
しかしいま、憲法改正論議や教育基本法改正においてにわかに「ナショナリズム」が注目されるようになりました。生まれ育った国・故郷を愛する気持ちを持つことは当たり前のことです。しかしながら、国家がその気持ちを持つことを教育の目標に入れたとき、私たちは強い警戒心そ持つこととなります。
「お国のため・・・」
今求められるナショナリズムとは何なのでしょうか?
『ナショナリズムの虚実』(産経/07・2・10)
記者がナショナリズムの言葉が持つ多様性、その定義の難しさに触れたうえで、日本の場合、ナショナリズムは戦後左傾思想での極端な国家否定、民族否定の結果、悪しき非民主的な思考のようにさえ扱われてきたと述べます。
そしてこうした日本の複雑なナショナリズムについての研究の書が米国で出版されたことに触れ、その概要から日本の目指す「ナショナリズム」について言及しています。
論点の要は、「民族主義的ナショナリズム」と「国民主義的ナショナリズム」にあるようです。
そして著者の最も力説したかった点として以下の言葉を引用しています。
「ナショナリズムといっても決して一つではなく、いくつもの概念や思考を意味する。社会、国民、民族などの諸要因は日本だけでなく、他のどの国でもナショナリズムの土台となっている。また、ナショナリズムは民主主義とも結びつきやすいし。だが日本の場合、ナショナリズムは民主主義としてしっかり結びつき、国民主義として定着した」
日本は過去の戦争から招いたアジア諸国の不信感をまだ完全に払拭することができていません。日本が「ナショナリズム」を語るとき、帝国主義の復活かとの非難をいまだに受けることが多々あります。そのなかで、記事は日本の「ナショナリズム」だけが特殊という見方をはっきりと排したこの研究所に一抹の希望をみたようです。
私たちが目指すべき「ナショナリズム」とは何か。そのことをしっかりと議論しておかなければ、私たちは今後の日本のあり方に対してのしっかりとしたビジョンを持たぬままずるずると国の議論に飲み込まれていくのではないかいう危機感を個人的に持っています。それは「国民主義」とはいえないでしょう。そのまえに私たち一人ひとりに本当に「国民主義」に根付いた「国民」としての意識が十分に培われているのか。これもまた個人的には疑問です。
【社会版.07年.7号.5頁に記事掲載】




