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2007年12月05日

●年齢を経てわかってくる映画

テレビはニュースをのぞいてあまり観ません

現在、テレビで深夜にイングマール・ベルイマン監督の作品を放映しています。若い頃は少し背伸びして、難解といわれる作品を観ました。いい内容であることは直観的にわかりましたが、自己の若さゆえ、真にその作品を理解していたとは思えなかったのです。

「野いちご」という作品は年齢を加えるに従って、作品の意図が、ベルイマンの目指していた意図が胸に染み込んでくるようになったのです。この「野いちご」の老人の描き方はまさにその典型ではないかとお思えます。功なり、名をとげてまさに人生の総決算とでもいうべき政府による表彰式に出席する老人を描いていました。

その老人の胸に去来する死への恐れ、妻への裏切り、若さへの羨ましさなどが交錯して描写されます。老人はこう言っているようにも思えたのです。私の人生は幸福だったのだろうか、少年期にあのきらめく湖畔のそばで、会ったあの女性のはじけるような笑顔、そして楽しそうな家族の光景…。でも若さはもう戻らない、こうして人生の終焉に向けて、歩んでいくのだろうか。そんな心理が観ている画面から伝わってきました。ベルイマンの人間を厳しく見つめる眼はその作品から伝わってきます、それも年齢をへるに従って作品の意図がより深く肺腑に沁み込んでくるのです。

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