●カウンター・カルチャーとしての聖人を描いた作品
フランシスコ・アッシジを描いた映画「ブラザー・サン・シスター・ムーン」について書きます。
1970年代、アメリカはベトナム戦争で行き詰まり、若者も戦争を意識していました、国内ではヒッピーなどに影響された反体制的な行動、大学の紛争、黒人の暴動などが顕著になってました。そんな時代閉塞な状況の中、イタリア中世の宗教家、フランシスコ・アッシジを描いた「ブラザー・サン・シスター・ムーン」が公開されました。監督はあの「ロミオとジュリエット」で一躍、有名になった優れたオペラ演出家、シェイクスピア劇の演出家でもある若手のフランコ・ゼッフィレッリです。その彼が、「ロミオとジュリエット」が好評だったため、つくったのが上記作品でした。裕福な絨毯製造業である商家の息子のフランチェスコは戦場に赴きますが、瀕死の重傷で家に戻ってきます、療養中、窓辺にきたスズメを追い、屋根に上り、危うく落ちそうになりますが…。家業の工場で働く、貧しく、病んだ人々の姿を目にします。そして、近くの草原で一面に咲いているケシの赤い花を眺めるなどするうちに、このまま御曹司としてとどまっていいのかという疑問がわき、貧しい人々への施しを、仕事を投げうって始めます。親からは叱責されると、家を出て、廃屋となった建物を教会として、建て替えようとします、次第にその彼の生き方に共鳴した若者が集まりだして、布教活動を始めるのですが…。
彼の生き方に周囲の人や、困窮の人々が共感して集まってきます。 そんな正式な聖職者でもない者が勝手に布教活動は言語道断と法王庁側の圧力がかかります。布教や慈善活動が困難になっていったとき、フランチェスコは弊衣のまま法王庁を訪ねます。法王の側近は追い返せと主張しますが、法王は会見に応じます。フランチェスコの言い分を聴くうちに、妥当なことと納得し、その活動が認められるという話ですが、フランチェスコらの若者の僧の行動はさながら、米国に現れたカウンターカルチャーの勢力のようにも思えたのです。ノーマン・メイラーが州兵と向かい合った若者たちが州兵の銃口に花を入れて、平和を説いたルポを読みましたが、それを想起させるような主人公たちの行動でした。法王庁のあまりにも庶民とかけ離れた煌びやかな教会に座る法王は威厳はあるものの、空虚な側近たちにかこまれた世界にその若者が出現したことにより、原初の意識を法王は悟ったのでしょう。そんなシーンが見応えがありました。エンニオ・ガルニエリの撮影はフランチェスコの生きた時代を見事に再現した素晴らしい画面を構築しました。
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コメント
先日はコメントをありがとうございました。
こちらを覗かせていただいたら、
「ブラザー・サン シスター・ムーン」の紹介があって、
懐かしく拝見しました。
法王が膝まづくシーンも浮かんできました。
一番記憶に刻み込まれているのは、
フランチェスコが、衣服を(世俗を)脱ぎ捨てて、
光の中へと歩み出す後姿です。
この映画、音楽の美しさが印象的でした。
当時は、70年代という時代背景など
気にもかけていませんでしたが、
こちらを読んで考えさせられました。
Posted by: ヤナギオ | 2008年12月18日 21:19
ナギオ様
早速のコメントありがとうございます。監督のゼッフィレッリは「ロミオとジュリエット」もよかったのですが、この「ブラザー・サン・シスター・ムーン」に今日の若者の世直し運動やエコロジーの原点を見たような気がしました。絢爛に着飾った法王は、その若者に、弱者、病者、貧困者救済という宗教の原典を見たからこそ、その活動を許したのでしょう。ラストに流れるドノヴァンの曲は素晴らしかったです。ゼッフィレッリはその後わずかな作品を創っただけで、本業のオペラ演出に戻りました。
今後とも、よろしくお願いします。
Posted by: 編集部.T | 2008年12月19日 11:11