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2009年07月01日

●「愛を読む人」とナチスの関わり

小説「朗読者」の映画化作品です。

 原作はベルンハルト・シュリンクの「朗読者」です。1995年のドイツの裁判官である主人公は15歳であった1958年の出来事を思い出します。彼の人生にとって忘れない女性との出会いがあったからでした、帰宅途中、気分が悪くなった少年は女性に介抱のため、自宅のアパートに連れられ、休ませてもらったことが最初の出会いでした。その女性は路面電車の車掌・切符売りでした。少年と女性は休息に親しくなります、普通以上の関係になりますが、ある日、理由も告げず、彼の元から去ります。1966年、法学部の大学生となった主人公は裁判所で行なわれるナチスの強制収容所の女性看守の裁判を傍聴します。そこには…、これ以上書くのはやめましょう。前半はともかく、後半の大学生となった主人公が見つめる、ナチスドイツの犯罪の追体験ともいうべき、勉強とその女性との関連が見事に描かれます。時代は、80年代、90年代と変遷を重ねます。その女性の人生とは何だったのかが彼の胸に重く問いかけられるものでした。監督のスティーブン・ダルドリー、女性を演じたケイト・ウインスレットの入魂の作品でした。

 

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コメント

この映画がよくわかりません。教えてください。
裁判ではみんな冤罪だって知ってるのに、終盤では本を読んだ人は彼女が重ーい罪を犯したと思い込んでしまっている。
生き残った娘も、責任者の顔は覚えていなくて、本を読ませる変な人は覚えているのだから、その変な人が責任者でないことを知っているはずなのに・・・。
「彼女を許すようでお金は受け取れません」といいました。
そんなに怒りが強いのなら、なぜ裁判のときに他の被告人を許したのでしょう?
主人公も面会のときに「たっぷり反省したか?」というような意味の問いかけをしていますが、冤罪のひとには普通は「大変だったね、お疲れ様」ではないでしょうか?
なんだか変な物語です。

不思議君様
早速のコメントありがとうございました。
冤罪についてですが、強制収容所での生死をわける選別にかかわった看守の一人として、ナチスの犯罪の加担者として断罪されるのは、当時の状況からしてやむおえなかったと解することも可能でしょうが、ガス室に送り込んだ「罪」を問うているのです。だから彼女がひっそりと生きていたとも解せます。、ナチスの行なった罪を暴く生存者の問いに、否定できない事実として関わっていた。それが数十年を経て、生存者との主人公の面会でいわれた拒否の言葉でした。主人公に関わった女性はずっと罪に意識をもったまま生きて、最後に、主人公との面会日にああいう結果を選んだことは理解できます。ナチスの末端にいた看守といえども、ナチス犯罪の加担者として断罪されねばならぬという厳しい法によって、彼女は拘束されたのでしょう。そして彼女は他の看守の罪をも背負って、収監されたのだと思うのです。長くなりましたが、これが私の解釈です。

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